アナウンサーブログ

佐藤瑞穂

2018.11.19(月) 11:15

この秋の取材から

sato1803.jpg

幼い頃、「人は亡くなって50年経ったら、もうご先祖様なんだよ」と

伯父がよく言っていましたが、この秋の湯浅町での取材では、

それを強く感じました。

 

明治に入って間もない時期に亡くなった江戸時代の人物には

当然ながら誰も会ったことがなく、

彼の存在を身近に感じられる人はもういませんでした。

しかし、彼が手がけた石碑や橋は、県や市の指定文化財となって今も残っていて、地元の人なら、知らない人はいないほど有名なのです。

彼の名は石屋忠兵衛。

 

江戸時代後期、湯浅で石工をしていた忠兵衛は、

日本遺産「絶景の宝庫 和歌の浦」を構成する文化財のひとつ、
不老橋の勾欄部分(和歌山市)、

また、同じく日本遺産「醤油醸造の発祥の地 紀州湯浅」の地にある
「大地震津なみ心え之記碑」を手がけたとされています。

 

彼に関する資料はほとんど無く、なぜ、和歌山の石工ではなく、遠方に住む湯浅の石工が不老橋を手掛けたのかを知りたくて、湯浅町を訪れました。

 

平たく言えば、採算が合わない上、元藩主の命ということで失敗ができないことから、皆がなかなか手を挙げられなかった中、忠兵衛が手を挙げたのだろうというのが答えでしたが、

忠兵衛のことをよく知っていたという方は、40年以上も前に亡くなっていました。

 

放送に際し、インタビューを受けてくださった忠兵衛の孫の孫にあたる方に巡りあえるまで、実は、間に3人の方が入り、協力してくださいました。

にこやかな笑顔と共に現れたその人を見て、
忠兵衛もこんな人だったのだろうと、勝手に想像してしまいましたが、

歴史のある町で、多くの方々のご協力あっての取材はとても楽しく、勉強になりました。

 

来年もこんな取材ができますように...と、もう年末のような調子ですが、残り少なくなった今年も、もうひと頑張りです。

何を書いてよいのかわからず、久し振りの更新となりましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

write:

2018.02.22(木) 15:52

「おおやさ」って何ですか?

sato1802.png

和歌山市の漁師町として知られる雑賀崎地区に伝わるよもぎ団子。

明治時代から100年以上も親しまれている雑賀崎の味ですが、

現在、「おおやさ」を売っているのは、84歳の池田さんが営む池田商店のみです。

 

漁港前から、歩行者2人がすれ違えるぐらいの細い路地に入るとすぐに

池田商店の看板があります。

 

ロケハンで初めて訪れた際、この看板を見て何だかほっとしました。

縦横に走るこの路地をどこまで行ったらよいのか、迷子になるのではないかという不安がないから・・・

 

寿司・弁当屋のはずなのに「おおやさ」を販売しているのは、お客さんに頼まれたからということで、池田さん自身は「おおやさ」を食べたことはあっても作ったことは無かったそうです。

 

黒砂糖と白砂糖と蜂蜜を混ぜたたれによもぎ団子をくぐらせ、きな粉をまぶすと「おおやさ」の出来上がり!池田さんの手際のよさが目を引きます。

 

池田さんやその友人と一緒に店のコタツに入り、いただくことで、もちっとした団子の歯ごたえと、きな粉の中の塩が余計に懐かしさを感じさせます。

 

撮影当日、三角巾をきりっと身につけて待っていてくれた池田さん。

時折見せる笑顔が清清しく、いそいそと立ち働く姿に祖母の面影を重ねてしまいました。

 

雑賀崎をネットで検索すると、

日本のアマルフィー海岸などとも出てくるよう、

池田さんの家も「数十段ほど上らないといけない」そうで、

撮影終了後、細い道を歩いていく後ろ姿を見送りながら

ちょっぴり寂しくなり、また来ようと思いました。

 

池田商店は火曜定休、午前8時から午後4時までです。

 

 

 

write:

2018.01.24(水) 13:47

隠しておきたい白い輝き

sato1801.jpg

「きれいな髪ですね!」

美人記者のMちゃんが褒めてくれたのですが、

「あっ!今日は触らない方がいいよ・・・」

 

驚くMちゃん。

一応、皆さんにも伝えておきますが、私は毎日洗髪しています。

 

 

昼下がりのメイク室。

「あらっ!今日は出演なのに輝いちゃダメよ!」

鏡を見ながら一人つぶやく・・・

 

白く輝くものと言えば、もうおわかりですね。

 

「仕方がないわね・・・えいっ!」

気になる分け目に毛髪着色料を塗ったはず・・・なのに、

 

「何だか、いつもよりねちねちするわね~ あっ!」

私が手にしていたのはマスカラでした。

 

「ウォータープルーフだから、このままにしておこう・・・」

 

マスカラを髪に塗った感想を一言。

「さすが、まつ毛のカールをキープするだけのことはあるわね。

髪がバサッと落ちてくることがないわ!

でも、何だか固まっているし、手触りがさらさらじゃないのよね~」

 

でも、でも・・・

主婦の皆さんには、たぶんわかってもらえるのではないかと思いますが、

何がショックだったのかというと、

数百円の毛髪着色料ではなく、3000円ほどのマスカラを

まつ毛より広範囲に使ってしまったということです。

 

久しぶりの投稿となりました。

新年早々、いろいろとやらかしていますが、

どうぞ今年もよろしくお願い申し上げます。

write:

2017.10.10(火) 15:38

廃村に里帰り 年に一度の秋祭り

sato1710.jpg

先日、田辺市中辺路町兵生にある春日神社の秋祭りを取材しました。

以前、このブログでも触れましたが、

偉人、南方熊楠が粘菌の採集する為に訪れた地です。

 

昭和49年の集団移住により、廃村となって以来、

元住民やその子孫が年に一度故郷に戻って秋祭りを行っています。

 

笛や太鼓に獅子舞の奉納。

最後の餅投げも、久しぶりに顔を合わせる皆の喜びや楽しさがあふれているように思えました。

よそ者ではありますが、今後の祭りの存続が心配です。

 

 

さて、余談ですが...

 

神社の下には川へと続く急な階段がありました。

氏子総代さんが「1カ月に1個ずつ。閏年は13個の小石をこの川原で拾って、お社の中に置くという慣わしがあるんや」と教えてくださったので、私も川原に下りて12個の小石を拾いました。

 

まず川の水を口に含んだ総代さんを見てはっとする私...

信心深い総代さんを見て恥ずかしくなり、

「みそぎですか?」と言うなり、自分も口をすすいだのですが...

 

すすぎ終わってから、自分が総代さんの川上にいることに気付き、

もっと恥ずかしくなりました。  あ-

 

以前、取材した兵生を再び訪れ、お世話になった地元の方々に会うことができた嬉しい1日でした。

放送は明日です。

write:

2017.10.04(水) 11:23

高野山の観月会告知 ~昭和女子と平成女子と昭和男子~

sato1709.jpg

こんにちは。

昨日は、高野山の金剛峯寺での中継でした。

 

普段は非公開の奥殿で今週末(6・7・8日)、観月会が開催されるということで、特別に中に入れていただきました。

 

まずは事務所から、担当の方に案内され、機材を持ってにょろにょろと寺の中を進んでいくのですが、たびたび取材に来ているわけでもないので、今歩いているところがどこなのかもわかりません...

 

すれ違ったツアー客が、どなたかがお粥を召し上がった部屋がここだと案内されているのを聞いて、広いその場所が私の中で急に息づき始め、置かれている箪笥のちょっとゆがんだ抽斗や足元の古い床板が懐かしいものに思えてきました。

 

さて、日本最大級の石庭、蟠龍庭や窓を開け放した奥殿などはすばらしく、観月会への参加をおススメしようとブログに書いているわけですが、高野山はもう寒くなっています!

朝晩は既にストーブを使用しているとのことですので、上着を持っていってくださいね。

 

最後に、お坊様との雑談で驚いた話を1つ。

「最近の子どもは油揚げが何でできているかを知らないんですよ...平成の子はね...」

高野山と言えば、思い浮かぶのは精進料理。肉などはもってのほかというイメージがありますが、平成の子って、まさか大人も??

お坊様の言葉の端からそんな匂いが感じ取れたので、

帰社後、平成女子社員に尋ねてみると...

「え~っ!油揚げですか~?あぶら??」という答えが返ってきました。

 

複数の昭和女子がこう言いました。

「スーパーの売り場でも豆腐と同じところにあるじゃな~い!」

そして、私よりもベテランの昭和男子はこう言いました。

「今はもう豆腐屋から買わなくなったからな~」

皆さんはいかに?

write:

カレンダー
アナウンサー
山田 みゆき

明るく優しい気持ちを忘れずに…をモットーにマイペースに過ごしています。

佐藤 瑞穂

クールビューティーと言われたことがあり、かなり嬉しかったのですが、実は極度の恥ずかしがり屋です。これからも頑張ります!

中村 隆之

面倒くさいこと、面倒くさい人は苦手です^_^;

岩﨑 悠真

“向き不向きより前向きに。”新人らしく、伝え手の道を猛進します!

安藤 万結

私のモットーは、「If you can dream it, you can do it.(夢見ることができるなら、それは叶えられる) 」というウォルト・ディズニーの言葉です。和歌山という素敵なところで、夢であったアナウンサーのスタートラインに立つことができました。全力で頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!

TOPへ戻る