2024.04.12

株式会社やすい 代表取締役 保井 元吾さん

和歌山の未来に向けて挑戦するリーダー

#37

<保井 元吾さん 経歴>
昭和40年 和歌山市に生まれる
昭和55年 電子・機械工学の研究開始
昭和60年 米穀業界、食糧管理法の研究開始
昭和63年 保井米穀店入社
平成4年  株式会社やすい設立
平成18年 和歌祭実行委員長就任
令和6年  株式会社やすい 新社屋設立

今月のゲストは、江戸時代から続く老舗の米屋株式会社やすい代表取締役 保井元吾さんです。
昭和40年、和歌山市に生まれた保井さんは、15歳の頃から、電子・機械工学の研究を始め、20歳になると米穀業界、食糧管理法の研究も始めました。
そして昭和63年、家業である保井米穀店に入社。
入社後は、全国のJA等を巡り、最先端の農業や精米プラント、農業試験場を視察し、修行を積みました。
そして平成4年、株式会社やすいを設立。
株式会社やすいでは、お米を全国から厳選、知識・経験・技術を持ちより、丁寧な精米を心掛けています。
番組では、経営者としての保井さんの「精神」そしてこれからの展望について、お話を伺います。

株式会社やすい設立までの道のり

昭和40年、和歌山市に生まれた保井さんは、小さい頃から活発だったといいます。
高校卒業後は、アルバイトに没頭していましたが、昭和60年、米穀業界、食糧管理法の研究を始めました。
そして昭和63年、家業である保井米穀店に入社。
入社後は全国のJA等を巡り、最先端の農業や精米プラント、農業試験場を視察するなど修行を積みました。
そして平成4年、株式会社やすいを設立。
株式会社やすいでは、「いつ食べても新米のように美味しい」をテーマに、安心、安全、一年を通して安定した食味のお米を創っています。
このコーナーでは、保井さんが経験してきた数々の苦難や葛藤、株式会社やすい設立までの経緯を中心にお話を伺います。

理想のお米とは!?

平成4年、株式会社やすいを設立した保井さんですが、ある方から米のノウハウを学んだといいます。
「米のノウハウを学んでいなければ、今の株式会社やすいはありません」と話す保井さん。安心、安全、一年を通して安定した食味のお米とは!?
このコーナーでは、保井さんが学んだ米のノウハウや理想のお米について、そして本当に美味しいお米について伺います。

いつ食べても新米のように

最高のお米を全国から厳選、知識・経験・技術を持ちより、丁寧な精米、高い品質のお米をよりいっそう美味しくするために、数種類のお米を合わせ、深い味わいにしています。
また令和6年、株式会社やすい本社を、和歌浦から広原に移転し、新たな精米機も導入しました。
「いつ食べても新米のように美味しい」をテーマに、安心、安全、一年を通して安定した食味のお米を作る株式会社やすい。
最後のコーナーでは、「悪をなすな、善をなせ、人の為になせ。」という保井さんの今後の展望を中心にお話を伺います。